損保ADRを保険会社が嫌がる本当の理由|利用すべきケースと弁護士に依頼するタイミング
交通事故の相手方保険会社の対応に納得できず、「損保ADRを使えば保険会社が嫌がる」という話を耳にした方もいるでしょう。
たしかに損保ADRは、保険会社にとって軽くない手続です。
一方で、慰謝料の金額を上げるための「切り札」だと考えて申し立てると、期待どおりにならないこともあります。
この記事では、制度の仕組みから「嫌がる本当の理由」をひもとき、損保ADRの使いどころを詳しく解説します。
- 損保ADR(そんぽADRセンター)の
3つの手続の違い - 保険会社が
損保ADRを嫌がる制度上の理由 - 損保ADRを使うべきケース・
別の窓口を選ぶべきケース - 申立て前に知っておきたい
期間と時効の注意点 - 弁護士に依頼するタイミングの目安
損保ADR(そんぽADRセンター)
とは?3つの手続を整理
損保ADRとは、一般社団法人日本損害保険協会が運営する「そんぽADRセンター」のことです。
ADRは「裁判外紛争解決手続」の略で、裁判をせずに第三者の関与でトラブル解決を目指す仕組みを指します。
そんぽADRセンターは保険業法に基づく指定紛争解決機関で、利用料は原則無料です(通話料・郵送料・交通費などは自己負担)。
そんぽADRセンターには、次の3つの手続があります。
それぞれの役割を順に見ていきます。
相談対応
専門の相談員が、損害保険や交通事故に関する一般的な相談に応じる窓口です。
保険会社に連絡を取ってもらうわけではなく、制度や進め方の情報を得る段階と考えるとよいでしょう。
苦情解決手続
申出を受けたセンターが、苦情の内容を保険会社に通知して対応を求める手続です。
その後の解決に向けた話し合いは、利用者と保険会社の間で行います。
「担当者の説明が足りない」「連絡が滞っている」といった対応面の不満に向いています。
紛争解決手続
弁護士などの紛争解決委員が中立の立場で双方の主張を聞き、和解案などを示す手続です。
交通事故の被害者が申し立てる場合は「交通賠責紛争」として扱われ、東京でのみ実施されます。
また、被害者が相手方の保険会社に保険金を直接請求できる立場にあることが条件です。
保険会社が損保ADRを嫌がる
本当の理由は「保険会社だけが
縛られる」から
保険会社が損保ADRを嫌がる理由として、「手間が増える」「担当者の評価に響く」といった説明がよく見られます。
しかし、より根本にあるのは、金融ADR制度が保険会社側にだけ重い義務を課している点です。
日本損害保険協会は、金融ADRの特徴として、金融機関に「片面的義務(へんめんてきぎむ)」が課されていると説明しています。片面的義務とは、簡単にいうと「お客様(一般消費者)側には有利で、保険会社側だけが厳しいルールに縛られる仕組み」のことです。
保険会社を縛る主な義務は、次の3つです。
1つずつ詳しく解説します。
手続に応じる義務がある
一般の話し合いであれば、相手は交渉を打ち切ることもできます。
しかし、そんぽADRセンターと契約している保険会社は、申立てがあれば手続に応じなければなりません。
「このまま平行線で押し切る」という対応が取りにくくなるわけです。
資料を提出する義務がある
手続では、保険会社も判断の根拠となる資料の提出を求められます。
社内の基準だけで説明してきた提示額について、第三者の前で根拠を示す必要が出てきます。
特別調停案を原則として
受け入れなければならない
紛争解決委員が示す「特別調停案」は、保険会社が受諾しなければならない和解案と位置付けられています。
例外は、利用者側が受諾しない場合や、訴訟が提起された場合などに限られます。
利用者は案を断れる一方、保険会社は原則として断れないという非対称の構造こそ、嫌がられる最大の理由です。
それでも損保ADRが
「万能」ではない理由
ここで注意したいのが、そんぽADRセンターの相談対応は、提示額や過失割合(かしつわりあい)の妥当性そのものを判断しない点です。
過失割合とは交通事故を起こしたお互いの責任の重さを数字(%)で表したもので、「自分:相手 = 20:80」のようにお互いの不注意の割合を決めるものですが、同センターのよくある質問でも、「過失割合は○対○が妥当」「提示額は不十分」といった判断は行わないと明記されています。
また、紛争解決手続でも、和解の見込みがないと判断されれば和解案は示されずに終了します。
つまり、保険会社が警戒するのは「手続に縛られること」であり、申し立てれば賠償額が自動的に上がるわけではありません。
損保ADRを利用すべきケース・
別の窓口を選ぶべきケース
損保ADRが力を発揮するかどうかは、トラブルの「中身」で決まります。
先に全体像を示すと、損保ADRに向いているのは次のようなケースです。
- 担当者の説明不足や連絡の遅れなど、
対応そのものに不満がある - 自分が加入する保険(人身傷害保険・
車両保険など)の支払いで揉めている - 相手方保険会社との話し合いが止まり、
第三者を入れて動かしたい
反対に、次のようなケースでは別の窓口を検討した方が近道です。
- 慰謝料などの賠償額や過失割合を
本格的に争いたい - 後遺障害等級など自賠責保険の
判断に不満がある - 相手方が共済や、センターと
契約していない保険会社である
ここからはそれぞれのケースを1つずつ詳しく解説します。
損保ADRに向いている
3つのケース
- 対応面の不満は、苦情解決手続によって保険会社に正式な対応を求めることができ、損保ADRの得意分野です。
- 自分の保険の支払いトラブルは「一般紛争」として、契約者や被保険者が紛争解決手続を申し立てられます。
- 相手方との話し合いが止まっている場合も、手続応諾義務があるため、交渉を再び動かすきっかけになります。
別の窓口を選ぶべき
3つのケース
- 賠償額や過失割合を争う場合は、公益財団法人交通事故紛争処理センターの和解あっ旋・審査や、弁護士による交渉・裁判が選択肢になります。
- 自賠責保険の支払いに関する紛争は、そんぽADRセンターの対象外で、「自賠責保険・共済紛争処理機構」が扱います。
- 相手方が共済の場合、センターと契約した保険会社に当たらないことがあるため、事前に対象かどうかを確認してください。
※横にスクロールすると続きが見れます。
| トラブルの中身 | そんぽADR センター |
交通事故紛争 処理 センター |
自賠責保険・ 共済紛争処理 機構 |
弁護士 |
|---|---|---|---|---|
| 担当者の 対応への 不満 |
◎ | – | – | ◯ |
| 自分の保険の 支払い |
◎ | – | – | ◯ |
| 賠償金・ 過失割合 |
△ | ◎ | – | ◎ |
| 後遺障害等級 (自賠責) |
× | – | ◎ | ◎ |
| 相手方が共済 | 要確認 | 要確認 | – | ◎ |
申立て前に知っておきたい
「期間」と「時効」の注意点
損保ADRは無料で使える反面、解決までに一定の時間がかかります。
申し立てる前に押さえておきたいポイントは、次の3つです。
1つずつ詳しく解説します。
苦情解決手続は60日が
1つの区切りになる
苦情の申出から60日を過ぎても解決しない場合、センターから紛争解決手続の案内が届きます。
ただし、自動的に紛争解決手続へ移るわけではなく、必要書類の提出が必要です。
紛争解決手続は受付から
4か月以内が目安
センターは、原則として申立ての受付から4か月以内に和解案などを作成するよう努めるとしています。
損害賠償請求権の時効は
止まらないことがある
交通事故による損害賠償請求権には、損害と加害者を知った時から、人身損害については5年、物損については3年の消滅時効があります。
もっとも、法務大臣の認証を受けた裁判外紛争解決手続(認証ADR)には、時効の完成猶予に関する特例があります。
認証ADRが、和解が成立する見込みがないことを理由に終了した場合でも、終了の通知を受けた日から1か月以内に、ADRの対象となっていた請求について訴訟を起こせば、時効の完成猶予との関係では、認証ADRにおける請求時に訴えを提起したものとみなされます。
裏を返せば、この期限を過ぎると保護を受けられません。時効が近い方は、ADRの前に弁護士へ確認することをおすすめします。
よくある質問
Q. 損保ADRを利用すると、
保険会社から不利な扱いを
受けませんか?
A. 損保ADRは保険業法に基づく正規の手続で、利用は契約者や被害者に認められた仕組みです。申し出たことを理由に賠償の考え方が変わるものではありませんが、不安があれば弁護士に確認しながら進めると安心です。
Q. 損保ADRの利用に
費用はかかりますか?
A. 相談・苦情解決手続・紛争解決手続は原則無料です。ただし、通話料や郵送料、センターへ出向く交通費、証明書の取得費用などは自己負担になります。
Q. 苦情解決手続を飛ばして、
いきなり紛争解決手続を
申し立てられますか?
A. 申し立て自体は可能です。ただし内容によっては、センターの判断で先に苦情解決手続が行われることがあります。保険会社との交渉が平行線の場合でも同様です。
Q. 相手方が共済の場合でも
損保ADRを使えますか?
A. そんぽADRセンターが扱うのは、日本損害保険協会と手続実施基本契約を結んだ保険会社に限られます。共済は対象外となる場合があるため、事前にセンターへ確認してください。
まとめ
保険会社が損保ADRを嫌がる本当の理由は、手続への応諾、資料提出、特別調停案の受諾という、保険会社だけに課される義務があるからです。
一方で、そんぽADRセンターは提示額や過失割合の妥当性を判断する機関ではなく、和解案が示されないこともあります。
担当者の対応や自分の保険の支払いトラブルには、損保ADRが向いています。
賠償額や過失割合の争いには、弁護士や交通事故紛争処理センターを選ぶのが近道です。
時効や手続の期限を見落とさないためにも、迷ったときは早い段階で専門家の意見を聞いてみてください。
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