交通事故の将来介護費用と家屋・自動車等改造費
交通事故で介護・看視等が必要になると、その費用は将来に渡って加害者に請求できます。
障害者向けの環境を整えるための各種改造費も、もちろん損害に含めるべきです。
実際の示談や訴訟では、被害者がもらえる金額の考え方を巡って争いになりやすいと言わざるを得ません。
請求方法について全く知識がないままだと、解決金が不足し、先々で被害者とその家族の生活を圧迫します。
必要最低限の知識として、請求できる範囲、認められる金額の相場、そして状況説明に必要な資料を押さえましょう。
目次
後遺障害で介護を要する場合に請求できる費用
交通事故に遭い、後遺障害を負って日常生活でサポートが必要になった場合は、将来の介護・介助・看視等にかかる費用を請求できます。
費目のうち特に注意したいのが「将来介護費用」と「家屋・自動車等改造費」であり、どちらも先々受けられるケアの内容に直結するものです。
将来介護費用とは【計算方法と日額基準】
被害者の先々のケアにかかる「将来介護費用」は、医師の指示または症状の程度により、必要があれば損害と認められるものです。
請求できるのは、日額の平均余命分から中間利息を控除した金額です。
▼将来介護費用の計算方法
個別に判断した日額 × 365日 × 被害者の平均余命に対応するライプニッツ係数 ※
※平均余命は最新の簡易生命表で判断します。
※ライプニッツ係数は自賠責保険ポータルサイト等で確認可能です。
介護費用の日額には一定の基準があり、ケアの担い手によって判断が分かれます。
訪問ヘルパー等の職業人と近親者の両方で分担して介護するなら、作業内容と時間を考慮しつつ、各々金額を判断します。
個別のケースでの請求額は、必ずしも紹介する基準に収まるとは限りません。
後遺障害の内容や程度、介護の内容と実際の状況を中心に、事例別に判断するものです。
介護者 | 請求基準(日額) | 補足 |
---|---|---|
職業付添人 | 実費全額 | 重度障害では1万5千円~2万円程度が多い |
近親者付添人 | 8千円 | 表記は常時介護を要する場合の基準 |
家屋・自動車等改造費とは【費用請求できる工事の例】
介護目的でリフォームや車両改造を行う場合は、必要かつ相当な範囲で「家屋・自動車改造費」として加害者に請求できます。
請求を認める範囲は個別に判断され、なかには仮住まいや新築・新居購入にかかる費用が認められたケースもあります(詳細は後述)。
▼家屋・自動車等改造費の具体例
● 段差解消のための工事費用
● スロープ・手すりの設置費用
● 浴室の工事費用
● 昇降機の設置・変更費用
● その他(給排水の工事費用、電気設備の工事費用等)
将来介護費用のもらい方│金額に影響する要素と立証手段
十分な将来介護費用を得ようとすると、単に「重い障害を負った」「介護に相当の労力が必要」と証明するだけでは不十分です。
先々のケアの計画につき、蓋然性がある(=無理がなく然るべきと認められる)と証明できるかどうかも、解決満足度に関わります。
実際に請求する際は、最低でも下記のポイントに注意を払わなくてはなりません。
まずは今後の介護計画を立てる
先でも説明したように、請求できる介護費用の額は個別事情に左右されます。
そこで、加害者との示談・訴訟に先だち、被害者ケアの計画を練り込まなくてはなりません。
介護計画の中で請求額に直結するのは、下記の5要素です。
● どこで介護するか(施設か自宅か)
● 介護者は誰か(職業人か近親者か)
● 現時点までどうケアしているか
(介護の実績)
● 公的給付、公的介護サービス提供の状況
介護する場所の認定基準【施設介護か在宅介護か】
介護する場所の選択は、請求できる金額の水準を大きく変えます。
在宅介護を予定する場合、施設介護に比べて高額になる点から、その選択の妥当性が問題になります。
過去の判例では、医師の反対意見がなく、かつ介護計画が十分現実的で緻密なものであれば、在宅介護は認められやすいといえます。
ただし、現状~当面の間の施設介護から在宅介護に移行しようとする場合は、以下のような要素から蓋然性が判断されます。
● 在宅介護に関する医師の判断
● 施設退所の時期、施設の性格
● 自宅受け入れに向けた状況(リフォーム等)
● 被害者と家庭の状況、それぞれの意向
● 施設介護と比較した時に期待できる在宅介護の効果
職業付添人の必要性を認める基準
職業付添人の費用を請求するには、前提としてその必要性が認められなくてはなりません。
過去の判例で認められているのは、以下のような状況です。
● 後遺障害の程度が重い
● 近親者介護を困難にする事情がある(年齢、職業、持病、家庭事情等)
● 職業人による介護の実績がある
● 被害者が若年である※
※介護が長期に及ぶ点から、近親者はその就労可能年数である67歳で介護を終え、その後の被害者のケアは職業人に任せるものと想定するのが原則です。
将来介護費用の証拠になる資料
実際に将来介護費用を請求する際は、自賠責保険への申請で等級認定を得た上で、加害者に介護の必要性と請求額の根拠を説明するための資料を準備しなければなりません。
最低でも準備したいものとして、以下の医療・介護関係機関から得られるものが挙げられます。
▼介護の必要性・後遺障害の程度等に関する資料の例
● 後遺障害診断書
● 後遺障害等級認定表
● 日常生活動作に関する報告書
● 介護認定調査票
▼介護者と場所に関する資料の例
● 介護サービス要約票
● 介護施設契約書
その他にも、自宅内の状況や実際に介護している状況に関する動画、写真なども証拠となります。
将来介護費用の金額相場│請求事例の紹介
請求できる将来介護費用の日額には、後遺障害の重さに応じて相場があります。
裁判所が認定する金額の傾向を知っておけば、不利な条件で示談が成立する前に気付けるでしょう。
遷延性意識障害の場合
一般に植物状態と呼ばれる遷延性意識障害は、交通事故で負う後遺障害の中でも最も介護負担が重いものです。
最近の判例では、近親者につき日額6千円から1万円程度、職業人につき日額2万円程度の将来介護費用を認める傾向にあります。
【判例】日額1万3千円(67歳以降は2万3千円)と認められた例
遷延性意識障害と四肢麻痺を負った35歳男性の事例です。
裁判所は、24時間体制の介護が必要であり、母親が中心となって担うことは期待できるものの、年齢や負担を考えると、67歳になるまでの6年間は職業人による介護も相当程度必要であるとしました。
その上で、介護用居宅を新築した事実、そして実際に生じている金額(職業介護人1人につき1時間あたり2106円・他の自己負担額として4万円弱)が考慮されています。
(神戸地裁平成29年3月30日判決・交民50巻2号369頁)
【判例】将来の在宅介護を前提に、日額2万5千円と認められた例
遷延性意識障害を負った、69歳の男性自営業者の例です。
当時は自動車事故対策機構の療養センターに入院できていましたが、3年経てば退院せざるを得ず、その後の受け入れ先は容易に見つけられない事情がありました。
裁判所はこれを認め、さらに妻ら家族が在宅介護を望んでいる点も考慮した結果、退院後に関して表記の将来介護費用が認めています。
なお、妻の年齢から職業人による介護になるとしつつ、公的サービスの提供を一定程度見込んだ上での金額です。
(東京地裁平成22年3月26日判決・交民43巻2号455頁)
遷延性意識障害についてもっと詳しく知りたい方は、次の記事を参考にしてください。
脊髄損傷の場合
脊髄損傷で後遺障害等級1級に認定される重いケースでは、近親者につき日額6千円から8千円程度、職業人につき日額1万6千円程度となる傾向です。
より軽く、ある程度まで自立できているケースでも、介護の内容が慎重に汲まれています。
【1級の事例】平日約2万円+土日8千円と認められた例
胸髄損傷により両下肢麻痺となった66歳主婦の例です。
裁判所は夫の年齢や子の就労予定に着目し、この勤務時間帯である平日昼間は職業付添人による介護が必要になるとしました。
認定の内訳は、平日は職業人1万9647円+子の勤務時間外分3千円、土日は子の全日分8千円となっています。
(神戸地裁平成21年2月23日判決・交民42巻1号196頁)
【2級以下の事例】日額5千円と認められた例
第5頚髄損傷により軽度四肢麻痺を負い、後遺障害等級3級と認定された67歳主婦の例です。
介護として入浴全介助、衣服のボタン着脱の介助を認めた上で、一応自立とされている食事等の動作も左手自助具使用の上に留まることから「随時介護に近い状態」とされました。
(名古屋地裁平成23年10月14日判決・交民44巻5号1338頁)
脊髄損傷についてもっと詳しく知りたい方は、次の記事を参考にしてください。
その他の介護・看視を要する後遺障害の場合
自賠責保険で「介護を要する」とされるのは別表1の第1級・第2級のみです。
ただし、脊髄損傷の2級以下の事例の通り、例え随時介護で済むようなものであっても、近親者なら2千円から4千円程度・職業人なら1千円から3千円程度が認定される傾向です。
【判例】第7級で日額3千円の将来介護費用が認められた例
CRPS(複合性局所疼痛症候群)を負った、46歳男性会社員の例です。
具体的な後遺障害の状況として、右上肢による巧緻な作業が出来ず、少なくとも長距離の歩行には困難を伴っていました。
裁判所は、2時間ないし4時間の食事介助を週4回、排泄介助、移動介助を月2回程度受けている状況を汲みました。
その余の日々も同程度の訪問介護を要する状況として、表記の金額が認定されています。
(横浜地裁平成26年4月22日判決・自保ジャーナル1925号1頁)
【判例】7級相当+12級の後遺障害で日額3千円と認められた例
左下肢のRSDと非器質性精神障害を負った、39歳男性会社員の例です。
表記の金額を判断するにあたり、ズボンや靴下の着脱・車椅子への移乗・車椅子の積み下ろし等、妻の介助を受けている状況が汲まれました。
(名古屋地裁平成26年1月28日判決・交民47巻1号140頁)
家屋・自動車等改造費のもらい方│請求範囲と立証手段
家屋・自動車等改造費を請求するには、少なくとも工事が被害者の便益に繋がることを証明する必要があります。
基礎知識として請求範囲と証明の手段を理解しておけば、在宅介護や送迎が必要なケースでの取りこぼしは避けられます。
請求できる範囲
家屋・自動車等改造費は、受傷の内容・後遺症の程度と内容を具体的に検討し、必要と認められる範囲で請求できます。
改造後の保守管理費、そして耐用年数ごとの買替費用も、請求内容に含められます。
問題は「同居家族が受ける便益」に相当する部分の扱いですが、特別そういった目的で改造したわけではないのなら、減額は必要ないとするのが最近の考え方です。
【判例】自宅改造費として約1千万円が認められた例
高次脳機能障害、四肢体幹機能障害により第1級に認定された21歳男性の例です。
洋室15畳・浴室・トイレ・給排水設備・電気設備・その他段差工事等の大がかりな自宅改造となった点につき、家族による便益享受はあくまでも副次的に生ずるものとされました。
(前橋地裁高崎支部平成16年9月17日判決・自保ジャーナル1562号3頁)
建替えや土地建物の新規購入が必要になった場合
家を介護仕様に変更するにあたって、もはや改造では間に合わず、建替えあるいは新規購入を余儀なくされることがあります。
こうしたケースでも、必要かつ相当の範囲に限り、費用請求は可能です。
▼建替や新規購入にかかる費用が認められる例
● 旧宅の構造上、改造は困難(※1)
● 旧宅が狭く、介護者との同居のため広い家が必要(※2)
● 建築士が見立てたところ、リフォームより新築の方が安い(※3)
※1:神戸地裁平成13年7月14日判決・交民34巻4号866頁
※2:東京地裁平成15年2月27日判決・交民36巻1号262頁
※3:横浜地裁令和2年1月9日判決・自保ジャーナル2063号1頁、等
転居費用・仮住居費・家賃差額等の扱い
その他、自宅改造中の仮住まいや転居費用についても請求に含められます。
また、賃貸物件に居住している場合、介護仕様の新居との家賃差額についても請求可能です。
その他、下記のような費用も請求できます。
● 水道高熱費の増額分(神戸地裁平成13年7月4日判決・交民34巻4号866頁等)
● 家財の移転や保管にかかる費用(横浜地裁平成26年1月30日判決・自保ジャーナル1921号108頁)
後遺障害等級3級以下でも請求が認められた判例
第3級以下の後遺障害であっても、日常生活でハンデを補うための改造費用は損害として認められます。
例として、以下のようなものが挙げられます。
● 火災防止のための設備交換費用(東京地裁平成24年6月20日判決・自保ジャーナル1878号65頁)
● 被害者の運転車両に障害者用装置を取り付ける費用(大阪地裁平成21年2月16日判決・判例タイムズ1289号65頁)
改造費の証拠になる資料
自宅や車の改造費を請求する場合、金額をはっきりとさせる資料が欠かせません。
また、従前と施工後の利用状況から請求額の妥当性を説明するため、現場の状況を詳しく伝えられるものも必要です。
そこで、以下のようなものを準備します。
● 施工業者等が作成した見積書
● 施工業者等が発行した領収書
(※工事が完了している場合)
● 施工箇所の状況が分かる図面
● 施工前後・改造前後の映像資料
(スマートフォンで撮った動画等)
介護・看視にかかる損害賠償請求のポイント
後遺障害で介護・看視が必要になったケースでは、請求費目の中でも将来介護費用が高額化しがちです。
家屋・自動車等改造費も、その性質上ある程度まとまった金額になります。
いずれも争点化しやすく、専門性の高い対応が欠かせません。
万一にも重い後遺障害を負ってしまった場合は、最近の訴訟の動向より、以下で紹介するポイントを押さえたいところです。
介護の状況を丁寧に立証する
加害者や裁判所に伝えるべき介護の状況は、紹介した資料だけで伝えきれるものではありません。
実際にどういった負担があり、事故前後でどう生活ぶりが変わったのか、立体的・直感的に伝える工夫が必要です。
実務では、医師に意見書を作成してもらい、介護者や被害者本人の目線で報告書・陳述書も作成して証拠を補強します。
重度障害でも平均余命分の将来介護費用を請求できる
遷延性意識障害等の重度の後遺障害は、 一般に余命が短いとされています。
確かに、将来介護費用が生じる期間を制限する判例もあります。
しかし最近では、被害者について余命が短いと認めるに足る証拠がない限り、簡易生命表の平均余命分の請求を認めるのが普通です。
この点を踏まえ、どんなに重度の後遺障害であっても、なるべく期間を限定せずに介護費用を請求すべきです。
将来介護費用の受け取り方【定期金賠償について】
将来介護費用の受け取り方は2種類に分かれます。
1つは全額一時払いさせる方法、もう1つは一定期間ごとに当初取り決めた金額を支払わせる方法(定期金賠償)です。
先にまとまった額を受け取れる点で「一時金方式の方が有利」と思えますが、実際はその限りではありません。
被害者が若年である等、容態その他の事情の変動で費用が高くなる可能性があるケースでは、むしろ定期金賠償が適しています。
確定判決の変更の訴え、一度決定した定期金の額を後で調整するための手続きがあるからです。
反面、将来保険会社が倒産してしまうと、その時点で定期金を受け取ることができなくなる場合がありますので、そのリスクも考えた上で、判断しなければなりません。
他に介護関係費の支出があれば請求に含める
将来介護費用・家屋等の改造費用と合わせて、他にも被害者のケアに必要な支出があれば請求できます。
例として、次のようなものが挙げられます。
● 将来の雑費(おむつ代等)
● 介護施設関係費用(施設入居費等)
● 自宅介護関係費用
(交通費、資格取得費用等)
● 損害賠償請求のための費用
(後見開始の申立費用等)
おわりに│介護・看視の費用請求は弁護士に任せるのが無難
将来介護費用や家屋・自動車等改造費は、加害者と争いやすいポイントです。
請求するには、まず適切な後遺障害等級を獲得し、ポイントを押さえて丁寧に金額の根拠を示す必要があります。
● 先々を見据え、事前に介護計画をしっかり立てる
● 診断書、見積書、領収書等の根拠を完備する
● 将来の不確定性を折り込み、介護費用の請求期間 + 受取方法を検討する
後遺障害の介護・看視にかかる諸々の計算と立証には、臨機応変で複雑な対応が必要です。
なるべく交通事故対応に長けた弁護士に依頼し、現場に寄り添ってもらいながら二人三脚で示談・訴訟に臨みましょう。
代表社員 弁護士 谷原誠